病院の日陰に陰キャは佇む

医者1桁年目の内科医が日々思った事を書いています。気づいたら結構毒吐いてるの注意

妊婦加算

少し前になるがTwitter界隈で妊婦加算が話題になったらしい。
ぶっちゃけた事を言うと今年の春から加算が算定できるようになったのだが,今までむしろ話題にならなかったのかという感想である。
一見すると頭にくる話なのだが,医療費がどうやって回っているのか含めて簡単に話をしたいと思う。

※毒多め


医療費の仕組み

簡単に説明すると医療費は行った行為に対して1点10円の点数で決められておりこれに加えて薬価が上乗せされる形で決定される。
これで決定される金額を診療報酬という。


・例えば診察して処方箋をもらい,薬局で薬を受け取ったら
医療機関で:(紹介状ナシで大病院を受診したときの特別料金+)初診料or再診料+処方料+疾患によっては医学管理料+検査費用+etc...
薬局で:調剤技術料+薬学管理料+薬剤料+特定保険医療医療材料料


と上記の点数が決まる(病気によってはさらに指導料・管理料などが加わる)
ちなみに医療はサービス業と宣う知識人()がたまにおられるが,5分診察だろうが30分診察だろうがこの点数は基本的に変わらない(精神科は別)。弁護士なんかだと30分毎に5000円とか取れるのにね。

それでこの点数のうち1-3割を支払う事になる(保険がない場合は100%の支払いになる)。言い方を変えれば皆保険制度のおかげで3分の1以下の支払いで済んでいるわけだ。


病院の収入のほとんどはこの診療報酬に頼っている。入院施設があれば個室代などで稼げるがそこまで大きいものではない。入院施設のないクリニックであれば他の収入は自由診療サプリメントなどの怪しげな商売に手を染めるしかない。
診療報酬は医療機関の生命線なのである。

受益者負担の原則

一旦話は逸れるが重要な話であるので少し文章を割く。
公共のサービスはメリットを受ける人が負担をするという考え方があり,基本的に行政などの仕組みはこの考え方で進んでいる。
例を挙げれば市の体育館はある程度税金で動いているが,利用する際にいくらかお金がかかる,といった具合である。したがって医療も医療を必要とした人に一定の負担をお願いしている訳である。この考えを元にしているので話題の妊婦加算も3割負担となる。

日本の医療行政

じゃあなんでそんな妊婦加算なんて作ったんだというと診療報酬という餌で医療機関を誘導するためだ。たかだか数十点といえども塵も積もればである。

日本の医療の方針を決めているのは紛れもなく厚労省である。厚労省を始めとしたお役所,保険者には100個程文句を言いたいのだがそんなことを言っても仕方ないので割愛。
で,診療報酬で誘導するとはどういうことかと言うと,お役所が作りたい医療になるような行為をすると診療報酬が上乗せできるように設定するのである。例えば救急に対しては時間外加算(休日や深夜だとさらに加算が増える),救急医療管理加算(入院したら最大で900点×7日)などで病院に入る金額が通常日中の入院より増えるように設定されており病院としては医者を当直でこき使うと得をする(悲しいな)。
さらにイヤらしいのがこの手の加算が取れないと微妙に損をするように他の点数を減らして調整している点である。国として医療費削減の錦の御旗を掲げているからには加算ばかりで医療費を増やすわけにはいかないのだ。


それで今回の妊婦加算の話になるのだが,妊婦というだけで断る医療機関が増えて産科に負担がかかりすぎているという背景がある。風邪で内科に行っても「産婦人科で見てもらってください」と言われることが多々あるようだ。妊婦を避ける理由としてはやはり訴訟リスクの問題があると思われるが,福島県立大野病院産科医逮捕事件は確実にトリガーになったと思われる*1

また,添付文書という薬の説明書があるのだが大体どの薬に対しても

妊娠中の投与に関する安全性は確立していないので、妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には、治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること。


という文言が書いてある。そんなことは分かっているし妊婦だろうがそうでなかろうがメリットデメリットを考慮して薬の投与を考えるのが普通だ。つまり責任逃れのための一文である。裁判になればクソ弁護士やクソ検察官がここを付いてくるのが目に見えている。非常にクソ。


この薬は多分OK~この薬は絶対にダメという基準は我が国では一覧表になっていない。なので現場ではアメリカのFDA分類*2,オーストラリアの薬物評価委員会 (ADEC) の基準がデファクトスタンダードとなっている。


これらの事を踏まえると一般内科を始めとした産婦人科以外の診療科が妊婦を診るのは通常よりもリスクが高い環境である(といっても雇われの身では診るしかないのだが)。個人的には必要あらば説明の上で胸部レントゲンを取ったりペニシリン系・マクロライド系抗菌薬や吸入ステロイドを処方したりすることはあるがそうしているとなにせ時間がかかる。薬を調べるのも一手間だ。
こういう背景があり,これを如何せんと考えたお役所が医療機関インセンティブをつける形で始めたのが妊婦加算だ。正直なところ加算の点数は75点と大したことない。が,ある意味国からのメッセージである。つまり今後はちゃんと診ろよという事だ。

そもそもの話

そもそも病院だって雇っている医者やら看護師にカネを払わなきゃいけないわけでカネ稼ぎは必要だ。
そこそこの規模がある病院に患者が来るルートは昔と違って外来受診時の負担で5000円を取るようになったため紹介or救急or健診がメインとなりつつある。病院が救急を頑張っているのは使命感が5%ぐらいで残り95%は患者の確保(つまりカネ)である。
金儲けと言うと噴き上がる人が一定数いるが,稼いでおかないといざという時に赤字覚悟の治療ができないのも事実である。世の中そんなにきれいな話だけでできていない。弊社でも救急を基本的に断るなという圧力が上からかかっており全国津々浦々で見かける光景だろう。こういうことをしているから疲弊が進むのではあるが今の制度を維持するにはこうするしかないという現実がある。

そろそろ汚い話をする時期は来ているのであるが日本人お得意の揚げ足取りとバッシングが始まるので誰もそういった話をしたがらない。根深い問題である。
医療費やら診療報酬,本邦の医療制度についてはまた別に書きたいと思う。今日はここまで

*1:はっきり言って警察・検察が手柄とメンツのためだけに暴走したクソ事件でありこいつらは国賊と言ってもいいレベルと考えている。結果妊婦はさらに損をするようになった 福島県立大野病院産科医逮捕事件 - Wikipedia

*2:2015年以降個々の添付文書に記載する形に変更中であるが